その日の夕刻、指定席に座った山陽新幹線の列車は、定刻に小倉駅を滑り出た。まだ三十台半ばのずっと昔、某新聞社の西部本社(北九州市小倉北区)に単身赴任中で、正月を神戸の自宅で迎えるための帰省だった。
座席に落ち着き、直ぐに舟を漕ぎ出した頃。頭上から「お〜い、お〜い」と声が降ってきた。「ん?」と見上げると、目を細めた人懐っこい笑顔がそこにあった。同じ社だが、他部の大先輩に当る辣腕記者だった。
「何しとんや、お前。そんなとこで」。
事情を話すと「ふーん、そうか。俺はな、お墓参りで博多からの帰りや」。自分は新神戸、先輩は新大阪までの〝同行二人〟。「ほんなら、行こうや」と誘われ、食堂車へ(いい時代でしたねぇ、そんな車両があって)。
それまで、酒席を囲ったことなど一度もない先輩と、新幹線の中で、突然にして初めての酒盛り。気が付けば、車掌室からは明石駅通過のアナウンス。「君は新神戸やったな、そろそろ席に戻っとこか」ということで、お開きになった。けっこう長い時間が過ぎていた。何を話していたのか、今はさっぱり思い出せない。ただ、ほっとする、ゆったりした時の流れに身を任せていたことは確かだった。
うんと遠く離れた旅先や出先で、たまたま知己に出会うという体験をお持ちの方はさほど多くないのではないか。邂逅(かいこう)、というやつだ。乗車した新幹線の同じ車両の中での出会いも、そう言っていいだろう。
他愛もない思い出話しではあるが、それなりに年も老け「そういえば・・・あんなこと、こんなこと、あったなぁ」。先輩は今年、先に旅立たれた。秋の夜長、ひとり酒盃を重ねる。
灯った走馬灯がゆっくり回り始めた。
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